新型コロナウイルス感染防止のための休校措置後、我が家でも小学生の息子(時には保育園の娘も)が自宅で過ごすようになりました。
幸い両親と一緒に暮らしているので、日中は目を配ってもらい、なるべく仕事に影響しないよう過ごしています。
以前から敷地内の事務所で仕事はしていましたが、最近、子供たちがお祖父ちゃんやお祖母ちゃんと過ごす声に、小さな気付きを感じることが多くなりました。
「はい、お花」
と、摘み取った花を持ってくる息子。
ついて行くと、庭の隅。建物の陰に隠れた場所にひっそりと咲くたくさんの花がありました。
…知らなかった。
こんなところに。
次の日にはチューリップ。
春になったら咲くように、お祖母ちゃんと植えておいたそうです。
あくる日は大量のフキを取る声。
畑の土筆を数える声。
竹を切る音。
これまでとは違う過ごし方を迫られ、先が見えずに少し疲れていましたが、変わらずに春は訪れていました。
庭の花を飾り、大量のフキは煮物になって夕食に。
土筆はウドと一緒にきんぴらへと変身。
竹は穴を開けて行灯になりました。
変わらずに訪れる季節を探して手を加えるという当たり前の暮らしに、思いもよらないきっかけで触れるようになりました。
大袈裟ですが、「土と共に暮らす」ということの強さを再確認できたような気がします。